好きなことだけに努力するとラクになる、たった1つの考え方。

 

努力できることは、才能だ。

 

f:id:takecchi67:20181221161712j:image

 

 

 

なんでもいいから、最後までやり切った経験をもつ人間は強い。

 

私は小さな頃から「努力」という言葉が嫌いで、そもそも30歳で死ぬと思って生きていた変わった子どもだったので、何をしても続いた試しがなかった。

 

ただ、大人にやってからは、周りの努力がよく想像できるようになって、無条件に「すごいな」と感じるようになったんだ。

 

と、同時に、いままで自分が努力だと思っていたものは、また違った意味のがんばりだったのだなと思い知らされている。

 

 

f:id:takecchi67:20181221162503j:image

 

 

世の中に不遇な人はたくさんいると思うが、わたしの場合それなりに環境に恵まれなかったこともあって、まずはメンタルのケアにここまでを費やしてきた。

 

いまでも健康体とはほど遠いが、嘆いているよりは、自分なりにできることをやることにしている。

 

いつだって環境を嘆く自分を救ってくれるのは、行動だからだ。

 

 

 

行動する努力だけは惜しまなくていい。

 

そして行動を伴わない努力は、もしかしたら努力でなんとかするものじゃないかもしれない。

 

自分でコントロールできないのなら、抗ってもエネルギーを消費するだけなので、自然に任せる形に変えたほうが楽になる。

 

例えば、他人を変えようとしても、それは自分でコントロールできることじゃない。それなら、自分が変わった方が手っ取り早いし楽になるよね。

 

そして、いまいる環境を変えたい場合も、自分が行動する他にないんだ。

 

別のことにがんばってエネルギーを使い果たしてしまえば、行動することにエネルギーを使えなくなってしまう。

 

ジワジワとHPを削られて、気がついたらそこから動けなくなってしまうなんてもったいないよね。いちばん大切なのは、その環境から抜け出すことかもしれないのに。

 

 

変わらないものを変えようとするのではなく、自分がコントロールできることだけを変えるんだ。

 

 

f:id:takecchi67:20181221181938j:image

 

 

努力できるというのは才能だと思う。

 

なぜなら、努力にも考え方があるからだ。努力のやり方次第では、続けられるかどうか報われるかどうかの確率まで変わってしまう。

 

私は凡人で飽き性だからこそ、努力を工夫で乗り越えられるように生きてきた。

 

楽をしたいからこそ、努力そのものすら工夫してカンタンにしたい。

 

根性論のようにがんばるやり方もときには必要だが、もしそれによって心身ともに削られてしまっているとしたら、そんな生き方はやめたほうがいい。

 

好きなことに時間を使おう。

 

「好き」にとことん努力しよう。

 

それがいちばん、楽でたのしい生き方だと思っている。

 

 

 

 

 

たけっち公式LINE@

https://line.me/R/ti/p/%40zee6848n 

 

週2日LINE@限定コラムを配信中。お悩み相談、質問などもこちらからどうぞ。 

 

 

 

↓メンタル本の中でもこれは素晴らしかった。↓

神メンタル 「心が強い人」の人生は思い通り

神メンタル 「心が強い人」の人生は思い通り

 

 

 

↓現在のたけっちの努力の結晶↓


サンリオピューロランド年に一度の無料開放日!ひとりぼっちで遊びに行ってみた。【SANRIO THANKS PARTY 2018】

 

私の考えはLINE@を購読して察してね(笑)