目に見える世界は、あなたの心が選んでいる。環境を変えたいときに読む記事。

 

ここ数日ずっと、考えていたことがある。いやたぶん、これからも考え続けることになるかもしれない。

 

自分が、どんな世界に生きていたいかということを。

 

 

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世界は、自分の見たいもので構築されている。

 

それはスマホ時代になったからとか、それだけの理由ではなく自分の知りたい情報だけを見て聞いて人は生きているんだ。

 

ノイズが入ってくることはあっても、2秒でシャットアウト。そのノイズに興味があれば、それもまた新しい情報としてあなたの世界を彩るようになる。

 

 

だから愚痴ばかり言っている人の周りは汚いものだらけだし、いつも楽しいことばかりしている人の周りはワイワイガヤガヤしているし、ゲーマーの周りにはオタクだらけだ。

 

それはあくまで自分で選んでいる世界だっていうことを、覚えていて欲しい。

 

 

 

 

そう、自分の生きる世界は選べる。

 

自分の見たい、価値ある情報をなににするかは、自由に選べる。

 

つまり、環境はいつでも変えられるんだ。

 

 

 

 

世の中には自分だけが生きているわけではないから、この地球という星にみんなで同居している以上、求めていないできごとはバンバン起こる。

 

それに善悪をつけるのはいつだって自分の捉え方だけれど、心の中を常に温かく保ち続けるなんて聖人君子でもなければ無理だ。

 

現に、本当に心に余裕のない人というのはたくさんいて、エネルギーをいつも必要としているから、気を抜くと吸い取られたりもする。

 

 

 

だからわたしは考えた。

 

先に、自分の生きたい世界を決めたほうがいいんだ。

 

そして、その世界から関係ない"こと、ひと、もの"は全て「シャットアウト」する。

 

 

 

 

そんなの無理だよって思うかもしれない。無理なひとはやらないほうがいい。

 

ただ、わたしは自分がそこまで強くないってことをよく知っているだけなんだ。

 

冷たい人や、雑な人、いい加減な人。

 

そういった人たちを大切にしながら、自分の心まで温かく保つのなんて至難のわざだ。

 

そして人だけじゃなくて、ニュースなどの情報も同じ。乗る電車の車両ひとつもそう。

 

神経質なぐらいだ(笑)

 

 

 

それほどまでして、わたしはやっぱり本当の温かみのある世界に生きていたいのだ。

 

 

例えば、道端に具合のわるい人がうずくまっているのなら、わたしよりも先に一緒にいた友人が声をかけるぐらいの優しさ。

 

自分以外の人を思って、一手間かけたり涙できるような優しさ。そんな、愛情を持った人たちが、わたしは好きだ。

 

そしてそういう人としか、深く付き合えない。

 

 

 

 

 

自分の世界が選べるのだとしたら、どんな世界で生きるかは自由に選びたい。

 

もちろん、見たくないものは見ないフリをするとか、くさいものにフタをするってわけじゃない。

それだと、批判や賞賛を生んでしまうからね。

 

自分の中にだって、嫌な部分はあるはずだ。それを否定することになってしまう。

 

だから、そうじゃない。

 

 

そういう世界もあると知りながら、自分の生きたい世界を選び、それを真ん中にして生きるんだ。

 

 

バトミントン部も、手芸部もあると知りながら、バスケ部を選ぶ。

 

ただそれだけのこと。

 

 

 

 

 

 

 

自分がブレてしまったら、情報をシャットアウトして、真ん中に戻るようにするといい。

 

 

自身の信念をとおすことは、格好良いし聞こえはいいけれど、すごくすごく難しいことだ。

 

もし、いまはできなくたって、自分を責めることはないとわたしは思う。

 

いつか、自分の真ん中を思い出し、"らしく"生きていってほしい。

 

 

 

わたしもようやく自分の真ん中を生きられそうだ。

 

先にいって、待っているね。

 

 

 

 

 

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